リトルまみみ

 

「ねえ、じゃあわたしは?」
「都ちゃんは、実は私よりも、なんていうかな、気が強いというか……」
「感情という意味ならそう、たぶんとても乱暴で……よく水に例えているのだけれど、わたしは、グラスか花瓶かバスタブか池かわからないけど水を持っていて、それの管理には心を砕くよ。じゃないと周りも自分も殺してしまうから」
「そう、都ちゃんって賢さを持ってると思ってて、その感情を賢さで抑えているよね。あと優しくて、これは特に言うことがないひとにいう“優しい”ではなくて、本当に優しいと思って言うのだけれど、その周りを見る力とか傷つけたくないという感じ、感情の強さと賢さと優しさでバランスを取っているって思う。でもバランスを取るのって大変なことじゃない、無意識でやってるから自分では意識しないと思うけど、たまにしんどそうだなって思うことがあるよ」
「賢くも優しくもないけど、指標は大事だし」

 

「それとあと、都ちゃんはコミュニティーも幅が広いじゃない、エリートコミュニティーにもいるし、私たちみたいなろくでなしコミュニティーにもいるし、ひとってね、そりゃ選択肢が多いほうがいいんだけれど、周りと同じような単一のコミュニティーにいて選択肢を増やさなければ迷う部分も少なくなるの。環境によってそれぞれ違う選択があって、そこで疑問が生じるから悩むのよね。そういう部分もそうで、本当にバランスを取るのが大変そう」
「選択肢を多く持って風通し良くありたい、そのなかからどの風を掴んでどの方角に行くかって話よね」
「そう、だから葛藤は環境と選択が噛み合わないときに生じるよね。エリートに生まれたけれど路上で絵を描きたいと思ったら、あるいはエリートになりたかったと思っても路上で絵を描く環境で育ったら苦しい」
「でも、選択肢が少ないよりあるほうがやっぱりいいと思うな。わたしはあなたの、欲しいものをきちんとわかっていて欲しがるところと、必要なぶんきちんとよく考えることのできる頭の良さがとても好き」
「そうありたいと思っているけどね」
「うん、あなたは本当に聡明な女性だと思ってる、心底思っている」


その後もいくつか会話をしたけれど「なんて愛おしい生き物なの……」と言った彼女の声色こそ、愛おしいなと思った。彼女はいつでも澄んでいる。 

 

 

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「ボリューム感が大切です、毛量が多く見える髪型がよいでしょう」という話を聞きながらもさもさの髪の毛を持て余していた。時間を行き来するゲームに夢中の人生だ。無邪気な邪気や心のキレイな悪魔などとばかり接しているような錯覚に陥る連休、もう身体がそのような話法になっていて、にんげんたちから責められることには辟易している。CDをレンタルしてはポストに返却でなんとも味気がない、ガムばかり噛み締めている。
おいしい蕎麦を食べ、人生でいちばん多くの時間を過ごしてきたであろう室内で3時間程放心していたら大変穏やかな心持ちになった。ひっくり返したために散らかり放題の部屋、しかしながら不在の間にわたしの存在などゆっくり消えてゆくようだ。もう誰の場所でもないのかもしれない場所。それでもわたしは、あの部屋をわたしの場所だと思っている。
安心に足る場所に存在したい、なんにしたってこれに尽きる。息を繋げるだけで人生は充分に大変なのだから、深呼吸くらい思いっきり行いたい。萎縮したくない、晴れやかな心で過ごしたい。


紅花の咲く季節が近づいていて、だからAPOGEEのゴースト・ソングが頭で回る。完璧に好きな曲。再生回数を見れば10位以内に入っていて、本当にこの曲が好きなんだなと驚くばかりだ。
明日7日は満月で、また満月。あれは必ず巡ってくる。その確実性を強く信頼している。そして正しい周期で身体も巡っているのだとすれば、それだけ血も流れたことになるはずだけれど、こちらは割合に不確実性も強い。地球もよく揺れた。月以外の何を信じればいいっていうんだ。天気が宜しくないので少し気が滅入っているが、こんなことで簡単に浮き沈みする情緒の不確実性もまた信用ならない。だったら身体を動かすしかないのだ、遠くのポストまで歩いて風に当たるが吉、とにかく雨が降る前に。


さて、ファービー、電池を入れたら動くだろうか。友人が実家から送ってもらっているのを見てつい連れてきてしまったけれど、もう何年も何年も前、具合が悪くなったために電池を抜いたのではなかったか。覚えていないから単三電池も買いに行く。

 

ここまで打って、外から水がとつとつと地面を叩く音がし始めて、溜息をつきました。ままならないことそのものは、実はそこまで嫌いでもないのだけれどね。とはいえ。ね。

 

 

そしてこちらは「君を土足で辱める悪夢から君を守りたい 天国よりも野蛮なのに時々世界は美しくて」、です。

街角ごとの落書きには途方に暮れた神がいるし、眠った君の右耳からいつかの海の音がして岸辺で君を抱きしめると気が触れそうな気持ちになるわけですね。