ありふれた救いと途切れた2月のフィルムを

 

大きな犬に腕を何度も噛まれる夢を見た。
そのたびにわたしは腕を咥えこんだままの犬の口をじっと見つめて、腕を放されてはその口先を掴もうとしていた。随分と大きな犬を相手にしているのに不思議と落ち着いていた。夢のなかだと痛みを感じない、という話を思い出したのは起きてから随分と経ってから、少し動こうと歩き始めて10分、リードを繋がれて散歩している犬と並んだときだった。そしてその直後にいつも身につけている指輪を落としたことに気がついた。

右手の人差し指、銅、コインエッジ、真鍮とシルバー。歩いてきた1km弱を家まで戻って、また気づいた地点まで行ったけれど見つからなかった。家の中にありそうなものだけれど少なくとも現時点では見つかっていない。そもそも滅多に外さない指輪だから置き忘れに心当たりがない。寒いと思ってポケットに手を入れていた、そのポケットの中で指先の違和感に気がついたのだった。

 

厄落としpart2、あるいは2021part1。去年の10月末にブレスレットを落としたときは満月の前日だった。今回は満月の翌日に気がついたという寸法。外に落としているのだとしたらきっと厄落としなんだと思う。でも人差し指の指輪が自然に抜けることはないはずだから、それなら身の回りにあるはずだ。どっちにしたって大丈夫、まだ右手の人差し指には跡が、左手の親指にはお守りが残っている。

 

行きつ戻りつする道すがら、足元だけを見ていたのに視界が暗くなるから日が落ちたことがわかった。淋しくなってはいけないと思って、Alfred Beach Sandalを聴いていた。

なんの意味もなさそうな架空の間抜けな世界がよくて、賑やかで、ひとがみな楽しそうで、笑う理由しか見つからなさそうな、そういう。でも賑わいの隅、灯りの当たらない死角になっているところには人拐いが立っている、その次の死角では暗い真実を見つけてしまった賢人が頭を抱えている。わたしは何も知らなくて、事実よりも信じたいものを信じているせいで死角に気づけないでいる、腕をひくのが人拐いじゃないといいよね。願わくば、

 

事実は冷たいことも多い、例えば今しがた日付は変わって2月にもなった。カレンダーはぱたぱたとめくれてゆく。

信じたいものを信じているというのもあるけど、それはわたしの認識するそれを信じるということだ。つまり自分を信じているのとどう違うのだろうって首をかしげたくもなるけれど、疑いようがないこともあるらしいと知った。疑うなんて無礼というものだ、こうもだらしなく柔らかくなってしまって、それでも自分のおなかより、ぐっと抱き込んだこれを守りたい。こうなるってわかってたのに。

 

 

 

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「突然ごめんなさい、ツインレイっていう言葉をご存知ですか」

ほとんど話したことのないひとからメッセージが届いた。自分はいまとても苦しい思いをしている、あなたならわかってくれる気がして、とのこと。

目に見えないものという点でスピリチュアルを否定することはないけれど、魂が高次だとかなんだとか、欲は肉体に付随するものであり低次で汚れているものだとかなんだとか言って、目に見えるものを否定して排他するようなものは怖いと思う。でもそういったものでしか救われない心はどうしたいいのだろう、そういったものでしか救われない心に否定されて傷ついた心や肉体は?

知っている、と書いて「あるいはプラトンの人間球体説、ポルノグラフィティでいうならヴォイス」、そんなふうに続けた。近況がぞくぞくと届くけれど、あなたたちがどうか憎み合うことがないようにと祈っている。

 


祈りについて。

祈るということがわからなくなって、辞書で引いたら「のろう」という意味で使用する場合もあるということだった。祈るということがわからなくなっても、わたしは毎日祈っている。嚥下という言葉を知らなかったとて水が喉を通るときの音を知っているのに似ていると思う。
最近あなたの暮らしはどうとか、生活はできそうそれはまだとか、花のように生きられたらとか。苦しみが少なくあるといいと思う、心身にあまり背負わせることのないように、きちんと楽しくなる余地が残っていて、無理なく誠実に過ごすこともできて、できれば笑っていますように。

欲を出してもいいのなら、どうかわたくしがこれ以上醜いにんげんになりませんように、少しでもマシになれますように、臆病なことで挙動がおかしくなりませんように、ひとを苦しめることが多くありませんように。ここまでの祈りが適切でありますように(いつかさみしくなくなりますように、これは不適切だと思われるので欄外)。

 

 

 

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「恋はみずいろ」からBlankey Jet Cityの「水色」へと思考が飛び、BJCといえばMONKEY STRIP ACT2というライブ盤の1曲目に入っている「幸せの鐘が鳴り響き僕はただ悲しいふりをする」がとても好きなので今はそれを再生してしばらく経ち、「むちゃくちゃな想像力で私を犯してほしい」と歌い出したところ。

 

 

「君はきれいな心の持ち主だから僕はうれしくて胸がいっぱいだったさ」

 

水色といえば、金の刺繍の入っている布を買った。紺と暗い水色がベースの色でとても綺麗なの。それを傍らにおいて鍵盤を叩いていて、気を抜くと未明のいちばん深い時間に掴まれて引きずられてゆきそうだ。

アスファルトで削れた肉は誰の興味も引かないだろう、死角の人拐いが自分はもっと穏やかにやると言いたげな目をしているから、レターセットを買った。生臭い手紙は誰にも読まれないままなのだろうと思うと滑稽だ。わたしの気持ちはどうなるの。おかしい、おかしいねえ。耳を澄ませて、よく聞いて、わたしにはそれが聞き取れるってこと、自分がいちばんわかっているでしょ?