コンドームJUST SIZEてづくり小物入れ ¥300- 水濡れで色移り注

 

ここ1週間くらい、何かにつけては両目から涙がぼたぼたと垂れる。
もしかしたら世界が美しくなったのかもしれないし、世界が美しく感じられるほどに自分が一段と醜くなったのかもしれない。こういったレトリックと感覚の世界に生きて長い、というよりは他の世界で生きたことがない。

わたしの世界を他人が眼差したら、歪で世界がでこぼこしてみえると思う。それは感情の濃淡で事実が変わるからだ。破綻していると自分でも思う、そうは道理が通らない。
客観的事実というものを最重要視していない。もちろん認識はしている、きちんと把握をするように努めている、でもそれ以上に事実によって生じた感情や感覚を拾い集めてしまう。間違いだとは思っていないが、正しいかと言われると俯いてしまう。

 

実のところ、わたしは感情的な生き方をする自分を好んでいないのだと思う。感情で生きている自負はあるし、感情が強いほうだとも思う。心の底では感情を大切にしたいと思っているからそうしているのだろうが、でも昔から賢くなりたいと思っていた。そのなかには感情と事実を区別して、どちらも精査して判断できるといった要素もあるだろう。それが自分にはまるで欠けている、恥ずかしいことだ。不出来な頭と心をしている。
でも恥ずかしいことが悪いこととは限らない。そう、決して悪いことをしているわけではない。

 

わたしには選択する権利があったはずで。本当はいまだってあるはずで。派手な化粧をして高いヒールを履いて歩いた、わたしはいつでもわたしの中心であるはずで。

 

 

 

:::

 

 


・120分を終えて帰ってきた彼女は「もらったけれどいらない」とチューハイやお菓子をコタツの上に置いた、同じベッドでふたり眠ったその日も、あとは今日も、夢を見た。

・雪の山々を見に行った。あちらで移動する車の中で「随分と田舎でしょう、この辺りは療養に向くの、昔はサナトリウムなんかも多かったらしいよ」とのこと。蕎麦を啜る。

・誕生日おめでとうって言った回数より悼んだ回数のほうが増えたなと思っていたが、そういえばいなくなってからもずっと誕生日は祝っていると気づいた、この場合カウントはどうなるのだろう。

・半年ぶりに会った、彼女の話すことはとても正しい。そしてわたしたちはまったく別のにんげんだと会うたびに思う、それは新鮮に胸を打つ。

・厄を除けるをし、寿司を食べるをした。3日連続で化粧をしたのは久しぶりだった。

・帯をリメイクして作ったというハンドメイドの小物入れを買った、コンドームを入れるのにちょうどいいらしい。

・その建物を今更ながらによく見てみると、なるほどたしかに随分と古びていて、長いことどうも有難うございました。高い干物を片手に帰る。

 

 

 

:::

 

 


27日の満月は乙女座。2月はもう終わると今更気づいてバタバタしても為す術もない週末。ATMは酷いエラーが起きているらしい。笑って欲しいひとに嘲笑って欲しいと思った。最初からわたしが善くなかった、失念していたが思い出した。彼女は「パタパタと盤面が翻っていく、まるでアハ体験だ」と考えた始めたときの感覚を語った、こんな感じだろうか。一面の白、白旗。わたしはここで旗を染めるつもりで一度血を流そう。今夜血を流そう、とはサニーデイ・サービスだった、「夜にはきっと」、仰るとおりです。わたしはばかだ。いや、馬鹿だ。涙も経血と同じ類の作用であれよ。

 

彼女は「あなたはどう生きていきたいのかがあまり見えない」と言った、わたしもそう思う。「祈ったり願ったりしていたらいけない場合もあるだろう」とも言った、わたしもそう思う。

アンティークのブレスレットを頂いたので身につけている。それをしゃらしゃらと鳴らしながら打鍵をしている。誰も不幸に走ることのありませんように。とどのつまりはそれだけを祈っている、2月が閉じる。綺麗事だとうまく認識できていないために混乱して、ゆえに掻き乱されていて水が濁りやすい。

 

 

 昼下がりの猫のあくびのような穏やかさと夢の中でもときめく音を。

 

 

ああ、でもそういえば暦で言えば草木萌動だったわね、長谷川白紙のほうがよかったかな。