胸に留める水銀はブローチにはならない

 

ごめんね、乱暴だったね。嫌だった? お茶飲む? まだ痛い? 大丈夫? あんなにざりざり吐いちゃって、もう取り返しがつかないね、でもそんなときに使える呪文を貰ったよね。

 

 

 

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そういえば長らくiPodClassicを使っているひとを見ていない、と思って調べてみたら生産終了したのって2014年、もう7年も前のことらしい。その段階でさえもう使っているひとはだいぶ少なかった記憶がある。
わたくしは今でもiPodClassicユーザーだけれど「どうやって使うの」「それは何の道具」と聞かれることさえ増えました。最初に持ったのは第3世代のiPod。思い入れがあるのは文章を書いて貰ったお金で買ったiPod。今回の子はどうせサポート対象外だしっていろいろ改造してあります。

そんなiPodClassicのホイールをくるくる回しながら、今日は図書館の机でピチカートファイブのアルバムを3枚聴いた。「東京は夜の七時」が自分のiTunesに入っていないことに今更気がついた。「都さんは美しい星という曲のイメージです」と言われたことがあって、たまにそれを思い出す。
反芻してゆくなかで、そらちゃんの相槌の定石は「そうだよな」で語尾が上がると気づいた、だからか少しだけ気分が良い昼だった。

 

わたくしは水であるので滞ると濁る、濁ると腐る、腐ると死ぬ。そういった事情で撹拌し続けて水面をきらめかせ続けないと生命を維持できない構造なので仕方がない。濁らせても少し静かにすると澄むでしょう、あれが近い。またしばらくは保つ、まだ大丈夫。

胸が苦しくて、感情さえ上手く吐けなくてどうにかなりそうだと思っていたの。それでさ、きらきら光って見えたからいつも通りの水面だと思って気づかなかったんだけれど、胸に残留しているこれは、どうやら水銀だったみたい。みずがね。

 


自分は口を開くのがとても下手だ、何度となく繰り返し書いていることなのだけれど、何度も書くほど、つまり何度も心が折れそうになるほど下手だ。

お願いだから時間が欲しい、そうでないなら指を口に差し込んで欲しい。変質して総て水銀になってしまったのを、こうやって頭を毒に浸しながら吐いていて、何かしらの中毒ではある。でもとりあえず吐いた、吐いたら飲めると千鳥足で踊り続けている。

こうやって踊ってると不思議と少し勝ち気が生じてきて、わかる、わたしって強大だよね。今日は新月。地球と太陽と月が一列に並んでいる。壊すことも壊れることも本意じゃない、当たり前のことを指差し確認した勢いで振り下ろした右手を背中に回してファックサイン作りながらキスをする。いいよ、したいなら、いいよ。

 

 

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解像度の高い夢が、現実になると繰り返されたものたちが、今はこうやって見えなくて、そのくせ具体的であるがゆえに解像度が下がらないままだから目を細めてしまう。

提示されてきたそのどれもが鮮やかで、わたしが願うには不相応な明るい未来で、でも本当は酷くそれに憧れていて、眩しくて眩しくて、肉が透かされて精神が露わになるから身が竦む、それでも、そのまま腕を伸ばしていいんだよって優しく教えてくれたのがとても嬉しかった。毎日、寝ても覚めてもいつも嬉しかった。

そうやってふやけた警戒心の前を通過したギロチンで、伸ばした腕を切り落とされたような心地なのだから、痛くてのたうち回るのも無理はない。ただでさえ身体がちぎれたように思っていたのにね。満身創痍だ、いい、わたしはそれでも裸足で走るしかない。いつだって水が足を洗ってくれるから。
気づいてるかな、血だって水だよ。

変なところで記憶力がよい、いつかしようと話した約束も100くらいは列挙できるんじゃないだろうか、大丈夫、でもちゃんとわたしはこれを持って生きてゆけるはずだから。スピッツ、アリーナツアーやるんだってさ、ニュースで見た。

 

見えなくなった明るさがそんなに身体に障るなら目を潰してしまえよ、神経を抜け、感情を喪失しろ。それでも思考し続けろ、脳を諦めるな、どうせ論理的じゃない、ろくな思想は生まれない、だけどさ絶対にお前はさ、それでもやれよ。死ぬまでやれよ。

大丈夫、どうやったって世界は美しいところがある。ビューティフル・ワールド、詩人や画家が真に真に絶えた時代があっただろうか、戦場も楽園も自分の心のなかに。明るい未来は目指したところで叶わないかもしれないけれどさ、今日唇を慰める歌があれば、その数分は生き延びられるはずだから。

「僕らの未来は全然暗くないと信じてみる」って、象の背は口ずさむのに向いてない曲だな。

 

わたしはどうも哀しくなりやすいにんげんだから、だからこそ客観的に見て可哀相だと思われるエピソードはどうにか差し控えたいのだ。
可哀相よりも、可愛いって言われたいじゃん。わたしは可愛くないんだけれど、でもだけどさ可愛いって言われたことが一度もなかったわけではないじゃん。

 

 


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口約束がいつも破られることが、大袈裟じゃなくて生きている限りずっと哀しい。だからこそ毎回願う、「これが口約束でありませんように、実行を持って果たされますように」。

できることなら叶えたい、自分が口にした約束を。そうやって叶えたところで自分の望みが叶えられるわけではないのだけれど、だって反故にされると哀しいしさ、叶うと嬉しいじゃん。
全部覚えていられるわけでもないけど、忘れてることもたくさんあるんだけど、だからそれは申し訳ないんだけれど、諦めたことはないんだ。諦めたくもない、わたしはそうやって戦う。満身創痍でも、自分で守るよ。