粉末の朝

 

左手に掴めそうな海、あなたの髪が茶色に透ける程度の色素量が潮を含んでかさを増してゆく。嘘をついてでもあなたが増えると嬉しい。いないひとの不在さえ愛せる気がして心臓の窓を開け放ってはためくカーテン、けむくじゃらの小さな蜂が迷い込んで大動脈の蜜を吸う。たらりたたりしたたりほたほたのドス赤い蜜の、内緒にしたいと思いながらも舐めて欲しかった。いろいろなところで集めてきた雑味こそがわたしの純度なのだと言って聞かせるその同じ口から、経口摂取であなたを引き受けて、傾斜には挑みたくなる性分だから鼻を撫でたくなったの。もうずっと壊れていてよ、わたしは平板な帯だからあなたの手で捻って欲しい、小さな破壊で踊り続けるためのダンスホールが完成する。ピアスを挿して留めつけた、真新しいシーツに皺をつける朝に永遠を見てもね。図々しいメビウスの帯だから割けても噛み合う。煮詰めた目に知っている街が会いにくる。わたしが帰るのは違う街だけど、どの街にもあなたが薄くまんべんなく存在しますように。

紅茶の煮える鍋に投身

 

展開がないなんてつまらない。どう転がったって新しい色を見られるって信じてるから指先でくるくるってするしそのせいでマニキュア乾く前にぐしゃってしちゃう。でも同じ色が塗りたいなら過去の自分にシールでも作ってもらってそれ貼ってたらいいじゃん、皮膚呼吸放棄してどうぞ。わたしは肌を削いでも皮膚を千切っても臓腑を巻いても違う色が見たい、ってこれじゃあ赤しか見えない。うそ!赤が何の色だって? もしかして錐体細胞が目を瞑ってない?? 動機ひとつでどんな色でも!

ル子音

気に入っている水色を引き延ばして表示させたら青色にしか見えなかった。

そのときのわたしは面喰ったのは「こいはみずいろ」と訳した瞬間がかつて存在したせい。恋の色には見えなかったが、とはいえL'amour est bleu、結局恋の色だったのかもね。まあなんでもいい。

 

水色は熱と眩暈の色だ。水色を名乗るからにはちゃんと熱さを積載していないと嫌だし、そもそも水の色だなんて思ったためしがない。ひんやりとして見えたならそれは罠で、あなたはとけて汚く水色にへばりつくナイロン。そんな不純物が貼りついたって水色は濁らない、純度を保って燃え続ける。

そこと比べると、赤は温度自体は高くない。身体をさっくりと開いたら流れて出る液体はせいぜい40度で、それが赤の本質的な温度だと思う。でも抱え込んだ熱量はとてもばかにできなくて、そう、赤は熱がこちらまで流れ込んでくる。内側が熱いよってぜえぜえ喘いで、煮えていない赤なんてどんな価値も薄いし、物理の話はよそで吸って。

 

黒にワンポイント赤を差すのがかわいいと雑誌で紹介されていたのを見たのは思春期の話で、じゃあ翻って青もいいはずだよねってどこかで思った記憶がある。

2年ほど前に求めた青いワンピースはとても気に入っていて、ついこの間も着て過ごした。

最近は全身を黒でまとめたい気分なのだけれど、そしてそれは概ね似合っているのではないかと思うけれど、この青いワンピースは誰よりも自分がいちばん似合っているはずだと思い上がれるから胸を張って歩ける。「あなたのいいところが全部出ている服」と褒められて嬉しかった。

 

肌は少し冷たくて、触れているとゆっくり湿り始めて、よく馴染む頃合いに熱を交換する。他にやることはないと思える。

熱の色で身体をくるんで、血の色を唇に置く。身体中のどこに触れてもあなたが焦げて煮えたらいいと思う。強い眩暈を伴って。

ガミー

 

重なってじりじり動いて生じた摩擦熱で削れた肌の色合いに、焦げ消えてもうすっかりなくなったものを見た。

フォークの刃先を押し当てたかたちにとける氷が愛おしい。わたしの手のひらから伝ってゆく熱がそうして変質させてゆく。

いつまでも同じ熱を押し当てていたところでね

 

 

わたしの熱はにんじんを器用にみじん切りにして爪の甘皮を燃やすけれど、別の熱に指とてにをはを食わせてしまう。

熱を直に押し当てていればいつかずるりと表皮が剥がれて本当の裸を見ることができるんじゃないかvsそれではだめだよと放射を試みる謙虚の顔を貼り付けた浅黒さ。

 

ミクロとマクロが本当にわからなくて、
だって見つめようと思ったらどこまでも潜れてしまって、それは目線をどんどん引いてゆくのによく似ている。

世界に通る理というものがあるのなら、潜っても引いても結局同じものに行きつくような気がしていて、だからわたしは見分けがつかない。

散逸と集中はお互いの尾をくちゃくちゃと嚙みあっているから、深く耽溺しても透徹を見上げても、等しく味のしない歯形が残るよ。

 

その歯形を指先でなぞって、散逸の不在をわたしが埋める。いずれ舌先で、もっと正確に凹凸を確かめる。口を開いて尾を噛む。自分が集中か散逸かも不明瞭のまま、回り続けてチーズができる。噛まれた右の小指が炎症を起こして死に至るその日までずっと風力発電よりも確実な頻度でぐるぐるぐるぐるぐるぐる

 

身体中にまぶした砂糖が全部ふわふわの繊維に変わって、雲みたいな甘さをあなたに差し出したい。
あとお気に入りのしょうゆとわさびも教えてあげたい。

 

抽象と具体ももたつく有様だ。

齟齬がないように話そうと思えば思うほど言葉の関節が変な方向に曲がりはじめる変わるもどかしさを、伝わる言葉で話そうと思えば思うほど変質してゆくうち気味悪さを、丁寧にすると崩れてゆく恐ろしさを統率する筋の一本ピッと通っているのを大事に蒸したささみを食べましょう。

蒲焼でごはん

 

ジュッ

から始まる文章を書こうと思ったのだけれど、ここまで書いて筆をおいた。言いたかったことの軸足がすとんと落ちた、着地した。いま他に言いたいことはもうないってわかる からからの指

 

 

ジュッ

 

あと全部蛇足に思えるからとりまバッサリ切っとけ。切った部分を水を張ったトレーに浸けておくと育つらしい、歪に伸びた枝になるものいずれもぐ。還元されてしまうことを望まなくたって降ってくる。ジュッジュッ

いつ生まれたかなんて大した問題じゃなくて、いつ認識したかが大事らしい。そんなの視力次第じゃん。4年も気づかなかったなんて目やにがひどいんじゃない? ぼやけた視界のなかにわたしはいないけれど、わたしにピントを合わせられる世界も少ない。お前には見えない、見せるつもりもない、一生まぶたを目やにで接着していてよ。言われなくてもそうすると思うけど。