回転速度は徒歩圏内


動かないと凍えてしまうよ、ときりくんが言った。ののこちゃん、凍えてしまうよ。私はそれもそうだと思い、傘、花咲かせて雨、飛び出す三歩。散歩に出た。

犬がいた、紫陽花は咲いていないのでなんの植物なのかもわからない状態で、その脇に。

「おいで」

素直にくるわけはない。けれど苛立ちに任せて首輪を軽く引けば観念したようにとぼとぼ歩いてくる。可愛いなと思ったので頭を撫でて、そこでタイムアップ。後ろめたくなったのでじりじりと戻る。

振り返ったら玄関まで三歩でした。

柔らかな毛布にくるまって考える、明日のこと、雨のこと、犬のこと、きりくんのこと。
明日になったなら彼はまたやって来る。そしたら私は彼に言うのだ。昨日はさんぽしたよ、と。本当なら散歩と言いたいところだけれど実質三歩、隣の犬と遊んだだけなので曖昧に、嘘にはならない範囲で。

ああ、きりくんは大袈裟に喜んでくれるのだろうな。私は酷く憂鬱になるのを自覚する。嘘は吐いてない、と自分に嘘を吐く。どっちがましなのか判断するのは難しかった。私はきりくんを傷つけずに生きたかった。

週に二日、うちに遊びに来てプリントを置いていってくれるきりくん。席が隣で、かつ家が近いからって先生から頼まれたらしい。でも、もし先生がもういいよって言っても彼はきっと、週に二日、来てくれる。
私はきりくんに感謝する代わりに、彼を好ましく思い、同情した。大好きだなあ、大切だなあ、失いたくないなあ。傷付けたく、ないなあ。


こんなことばかり考える毛布のなかは暖かく、頭のなかは素早くくるくる回り続け、あ、凍えてしまう。咄嗟に思った。ああ私、凍えてしまうよ。