精進と肉退

私いまから退屈な話を二三並べてみる覚悟だけど、あなたの覚悟はいかがかしら、まあいいわ所詮独白のようなものであるにすぎないからね、本当のところここにあなたは必要ないのかもしれない、でも一人芝居にも裏方さんはいるでしょう、それと同じで、だからあなたを客ではなく裏方的存在と定義づけることも可能だわね、ただじっとスポットライトを私に向けているだけの裏方さんとか、私は別にせわしなく舞台を走ったりするつもりはないの、ただここでじっと立ってこうやってお話をする、そうそれだけだわ、それだけなの、それだけである、それだけ、ふふ、


いいえそんなのは聞いていない、私にあるのはくだらない幼少時代だけよ、青年時代なんて存在しないの、私は象徴的な存在であるからね、永遠に幼少時代だけを抱えて生きるの、それはある種のイノセンスと言ってもいいかもしれないわ、ところでイノセンスって不便よね、まだ足跡のついていないまあしろな雪みたいなものだという解釈で問題は生じないと思うのだけれど、ほら、冬の日に雪が降ってきて、あの足跡をつける快感てばないじゃない、思うにあの快感てある種のサディズムなのよ、処女性を壊す快感ていうのかな、でも破壊欲がない人間なんていない、積木は壊すために積み上げるし、極論から言ってしまえば、私いますぐにでもあなたを殺してしまいたい、でもあなたに殺されてしまいたい気もする、これはマゾヒズムなのかしら、でもマゾヒズムサディズムって表裏一体で私たまに見失うわ、自虐的と他虐的だなんていうけどどちらにせよ破壊欲の仕業であるということは同じだと思う、要は方向、ねえ私あなたと一緒にどこかに閉じ込められてしまったらいいのになあって願っているわ、


そう、その部屋には鏡があったの、正確にいうと三面鏡だけど、あれって隙あらば合わせ鏡状態になるじゃない、私あれが本当に嫌いで、もう好奇心さえないのよ、とにかく嫌いなの、でもそれならどうしてあなたとおしゃべりできましょう、人は私を映す鏡ですなんていうじゃない、だから実のところ私あなたの顔をみたことなくて、よって一重なのか二重なのか黒か碧かも存じ上げていないのですが、まあそれは関係ないわね、だって私は酔っているだけだし、だって鏡を見ているの、合わせ鏡状態にならないように気をつけながらね、だからナルチシズム的快感と言うとしっくりくるかしら、そういうのを感じているのよ、私ナルキッソスって偉大だと思うわ、美しい自分を見ながら死ねるなんて素敵よね、だってそこに悪はない、あるのはただ純粋でひたむきな愛だけよ、そのモチーフに何度だってうっとりしてしまう、ねえそんなことはないかしら、


そういえば私自分の顔もよく知らないわ、私ってばどんな顔してるのかしら、あら嫌だ見ないでよ私の顔なんて、私の顔は誰も見たことがないの、もしも私の顔が見たいのだとすればそれは処女性を犯したいという欲求すなわち破壊欲に他ならないわ、そもそも私は舞台の上であなたは違うところにいて、どうして私があなたの顔を見ることがありましょう、だって私は演ずる吟ずる表現者で、でもあなたは裏方的存在で、しかしそれはつまりあなたもまた表現者であるということで、ああそうねあなたは鏡だったのよね、なんだか合わせ鏡を見ているようだわ、でもまだあなたの顔を正面から覗いたことはないの、よって合わせ鏡状態の発生なんて本来ありえないのだけれど、ところがひとつだけありえてしまう状況があるのよ、それはつまり自分を正面から見据えてしまうということ、ほうら右にも左にも私が見えるわ、ずうっと向こうには死に際の顔も見えましょう、それは幼少時代の私、イノセンス、いいえもしかして私いまイノセンスを損なってしまったのかしら、あらそしたら私はなに、ああアイデンティティというものが崩壊してゆく、


雪が降っている、結露が出てきた、窓が曇る、私の顔が映りかける、私はそこで慌てず迷わず手の平で結露を拭くわ、そしたら硝子の向こうの白さにくらくらしてしまって、気が遠くなっていったのだけど、気が遠くなるという感覚とうっとりするのはどこか似ているわね、徹底的に似ているけど決定的になにかが違うの、でももういいわ、私のイノセンスは失われてしまったようで、つまり処女性を損ねたということで、幼少時代も象徴的存在もふっと消えてしまったようなものであるからね、ほら、気が遠くなって、気が遠くなる


(lonely性 - no - hajooooooooo)