甘い毒

「つぎ嘘吐いたらあたし蜂蜜のむよ、のんであんたにキスするよ」

先日、彼女は髪を黒に戻した。ふわふわのパーマも甘いブラウンも捨てて、ストレートの黒髪ボブ。そして、中身も大分かわった。それもとびきりたちが悪い方に転んでしまったようで、隙あらばそんないじわるばかり言っている。

「あたし蜂蜜こわくないもんね」
「あの黄色と黒のしましまの六本足が採取したものが怖くないなんて」
「でもだって、こんなに甘い」

蜂蜜の瓶を手繰り寄せて、慣れた手つきで蓋をあける。そしてためらうことなく琥珀色の中に指を二本。だらだらと糸を引いてたれるのもお構いなし、僕の鼻先にちらつかせて、おいしそうにぺろりとなめる。

「ねー、ほらほら、綺麗綺麗」
「太るよ」
「太らないわよ」
「根拠が無いね」
「むかつく」

彼女は乱暴に指を三本瓶の中に突っ込んで、にやり笑った。指から琥珀が筋になってこぼれてゆく。どろどろ、とろとろ。

「こーしてやる」

邪悪に片方の唇を歪め、彼女は甘美な仕草で僕の顔を、眉間から鼻、頬まで撫でた(それはもう愛おしげに)。彼女の指と僕の肌がねっとりと触れ合う感触に鳥肌が立つ。本当にぬりたくりやがった。

「あは、蜂蜜まみれ」
アナフィラキシーショック起こしたら責任取れよ」
「ありえないことを持ち出す男、きらい」
「蜂蜜ぬりたくってくる女、だいきらい」
「あ、唇が乾いているよ」
「あ?」

と、言葉を遮るように僕の唇を人差し指でなぞる彼女(それはもう愛おしげに)。

「ハニーなんとかグロスっていう、人気商品があんの知ってる?」
「関係無いだろ」

悔しくて唇を舐めたら、忌々しい甘さが舌先に触れた。ひっと息を飲む僕の姿を彼女は素敵な目線で眺めている。

「ね、ファーストキスの味って覚えてる?」
「レモンの味だよ、レモンレモン」
「それ嘘でしょ、嘘吐いたね?」
「や、嘘じゃないさ。ファーストキスはレモンの味、これは挨拶みたいなもんだろ」
「じゃ、仕切りなおししよ。あたし生まれ変わったし、あたし生誕記念ファーストキス」
「なにそれ」
「ファーストキスが蜂蜜の味なんて、すこぶる素敵だわ」

微笑んで彼女は瓶に口付けて琥珀を口に含む。

「ん」
「ええ、拒否」
「ん!」
「…死んだら責任取れよ」
「ん、ふ」

なまぬるい蜂蜜が気だるく体内に落ちてゆく。舌に粘性の感触、これは一体なんだろう。唇の端に流れ出た蜂蜜は、意外にもさらさらと零れて、水たまりを作ってゆく。
その水たまりを右手でもてあそびながら、彼女はうっとりと唇をはなした。

「ね、生きてる?」

あとをひく甘ったるさ。
この中で死ねるならむしろ本望さ、と思う。

「生きてるよ、…残念なことにね」