ちいちゃんはいつも、いつもいつも焼け爛れた肉を晒して歩いていた。昔ひとにやられたものだと言った。ちいちゃんは着るもの以外にはまるで無頓着なたちで、それでも焼け爛れた肉だけは隠そうとしなかった。
「痛かったよ、とても」
首をかしげて笑った。どこまで行きたいか問うと、笑って空を仰ぐ。答えはくれなかった。ギターが欲しいと呟く。
「ロックスターになるんだよ」
「ちいちゃんが?」
「そう」
だからギターが欲しい、欲しいなあ。繰り返す。
「使わないから、あげようか」
「いらないよ」
「そう」
「全部うそだよ。」
「ほんと?」
「どうだろう、うそだよ。どうだろう」
ちいちゃんが大好きだよ。手を握ってみた。なあにと笑んだ吐息が揺れる。泣かなくていいよ、左手があたたかい。ちいちゃんの右手に血が通ってるからだね。あたたかいよ。
「ちいちゃんはかわいいね」
「きっとそんなことはない」
「どうだろう」
「どうだろう」
「ちいちゃんはロックスターだよ」
「君の?」
「うん」
そうか、ちいちゃんが俯く。そしてまた空を仰ぐ。
ほんとはギターなんかいらないよ。欲しいものは、きちんと、持っているんだ。
ちいちゃんが空を仰ぐ。眼球にうつりこむ青がちいちゃんらしいと思った。ちいちゃんの目には色がよく似合うね、貪欲で素敵だね。
目が色を掴もうと手を広げているようだった。喘ぎもがき苦しむ姿がとても魅力的な、そんなひとだった。
「欲しいなんて言わないよ」
「だからちいちゃんはきれいだね」
「きちんと、持っているんだ。」
秋は抜け落ちてしまいではありました、それでも屋上を包み込んでいたから、安心してちいちゃんとふたり、空を仰いでいた。
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頭いてえっていう話なんですよ。
抜け落ちてしまいそうなのはわたしの心で、零れ落ちてしまったのはわたしの涙で、欠け落ちてしまったかもしれないものはもっと決定的なもの。
ちいちゃんは男の子なのかな女の子なのかな、しゃべっているのは?
こうも名前がない。性もない。性格、性質もない。
きみはだれ?書くたびに聴いてみる。でも答えなんてあるわけない、あるわけないんですよ。
だから考えるんです。
たぶんちいちゃんには腕がないんですよ、左手が。焼け爛れて使い物にならないとか、そんな感じ。
ちいちゃん、きみはだれ?
自分のなかで見えない誰かが、知らない誰かが、ざわざわと会話をしてる。こんな風に。
実に断片的で、よくわからない。書いて整理しなさいって習ったから書いてみる。わからない。
ちいちゃんが誰なのか、嗅ぎ分けることが、今よりできた。昔はね。
どんどん見えなくなってく。息づいてたひとたちが霞んでいく。
頭がいたいといいことがない。