ひとつ背中を押してください


簡単なことだよ、理由があるんだよ。
気付かないで批判ばかりするようにはなりたくない。研ぎ清ましてたい。
くだらないと言い捨てたくない。
自分のも他人のも、感情が動いたって事実は否定しちゃいけない。
根元が揺るぐとまともなことにならない。
認められないひとに言われたくない。
でも否定されると、否定されたという事実を否定したくなる。
いたちごっこ。どうしたらいい。絶対にいい落とし処があるはず。
認められなかったっていう事実を受け入れること、それを認めること。
簡単なロジックなはずなんだけど、落とし穴がある気がする。
或いは私が意地っ張りで精神的に未熟だから肯定できないのか。
きっと否定の内容によるところはある、筋が通っているかとか。
でもそれを、誰が決めるんだ。



あーあれか、
自分を認めた上で否定してくれるかってことか?
次は、認めることと肯定の関係がわからない、別物であるはず、でも似てる。されど違う。

価値観。倫理観。それを決めるのは誰。
社会という答えは間違ってないけれど、自我だって介入しているはず。

心はどうして動くの?
感動と動揺の違いは?

で、結局なにがこんなに難しくしてるんだ。
もっと単純明快に答えを出せないのか。出せないから脳味噌は凄いのか。

もう既に自分で矛盾点には気付いているような気がする。
わかってて、うまく取り出せないような気がする。もっとピンポイントに探し出したい。
それとも見て見ぬ振りなのかはわからない。




ここまで考えてごはんたべた。
あんまり味がしなかった。