嘘発見器機というのは嘘、本当は心を読んでるの

 

「あれってお前と一緒だったっけ?」と言われてむっとした。というのも、あれは我々の関係性の愉快なところをぎゅっと集めたような出来事だったと思っていたからだ。それでも別に淋しくなかったのは、そうやってさらさらと記憶を流していって、ひとつも象徴的に捉えないところがむしろ健全だと納得したからに他ならない。


10年以上前に貸したままになっているCDはプレミアム値がつき、買い戻そうにもまず出回っていない。いよいよ返して欲しい、と再度頼むことさえ何回目かわからないが、「わかった」と返事がくるからいい。向こう10年以内に返してもらえるだろうか。娘さんは2歳になったというから、あれは3年近く前になるのだろうな、そう、数少ない錦糸町での記憶、君が先に帰ってから喫煙所で泣いたのも結果としては今となっては苦笑沙汰で、自分の立ち位置こそがベスト。

 

 

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アダルトグッズが部屋に転がっていそうだとか女の子を抱きまくっていそうだとか、そういう印象を持っていると言われて笑ってしまったけれど、そういう風に見えるにんげんでいたいと思っていたのだった気がする。性的少女の聴きすぎかもしれない。君は性のにおいがする、と言われたのはいつの日だったか覚えていないけれど、いや本当はざっくり覚えているけれど、彼女が感じたそれはなんだったのだろう。


頭がゆるくて甘ったるくてだらしがなくて、でも芯には一本しなやかな知性が通っていて、光の帯みたいに移動する女。どうしたってそういうものに憧れはあるけれど、現実的ではない、虚構の中でしか息ができなさそうなものに憧れたところでね。

実際のところ、気だるさではなくかったるさばかりが山積みで、部屋に散らかるのは汗ばむ素肌にまとわりつくのが気持ち悪くて脱いだパジャマとぬいぐるみで、気圧のせいか起き上がれなくてずっと眠たい。

 

 

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晴れているし調子もいいのでお気に入りの思想に触れながら思考に血を巡らせていて、ふと、わたしはきっと恋愛を、ひいてはにんげんを信じていないのだな、というところに行き着いた。

 


「恋愛はただ性欲の詩的表現を受けたものである」と芥川。

 

初めて見かけたときにはなんだか反発を覚えたものだが、今となってはそうであって欲しいとさえ思う。性欲は本能、生じて当然であってひとつも間違っていない、正しい仕組みだ。
それに比べて恋愛はどうだ、脳内物質の分泌異常であることは確かだが、それのみとは言い切れない感じもして、そのような得体の知れない不確実なもののことを信じて、挙句陶酔さえするなど。

 

などと考えて、何を受けているにせ一応思考の体をなしている恋愛を信じていないというのは、人間不信みたいで嫌だな、と思った。
わたしはいつも信じすぎて痛い目を見る、そのため防御機構が働いている可能性も否定できず、どちらが本心かなどわからないしそれを突き止めることにさしたる意味はないだろう。
ただ、性欲が思考の体をなしていないような口調で物事を考えているのだとしたら視野狭窄が過ぎる。

 

しかしながら、わたしは自分に生じる脳内物質の異常を観測するのは嫌いじゃない、むしろ異常を見かけると邪魔しないように道をあけさえする。
ただの分泌異常だとわかっているくせに、それを是として理由をつけては脳に指に視線に熱を送り込む、浅ましくあられもないところがいい。にんげんの真似事をしている、と思う。

 

 

芥川はこう続けた、「少なくとも詩的表現を受けない性欲は恋愛と呼ぶに値しない」と。ここまで読んでわたしは深く納得し、詩的表現を張り巡らせ続けてぼろぼろの脳を少し見直すのだ。

 

性欲だろうが恋愛だろうが、正味なはなし興味がない。何を受けたものにせよ、わたしが対象に関心を抱き心を砕きたいと思ったことは事実なのだ。

事実、事実は大事だ。
結局はわたしの頭が決める。詩的表現と分泌異常でひたひたの脳の決めることなどひとつも信用ならない、ひとつも信用ならないものに賭けることができる自分に安堵する。そうでなくては!


結論は何かといえば、結局胡散臭いもののことが好きだと言うこと。信用ならない、1mmも信用ならない、ゆえにほんの少しの機微にも細心の注意を払うべきだ。
わたしは世界人類に恋をしていて、ゆえにいつも失恋をしている。

 

 

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「どうしてすぐ“嘘!”って言うの」
「嘘発見機だから」
「そうなの、知らなかった! じゃあ嘘当ててね」
「いいよ」
「肉体関係のある友人が300人います」
「嘘」
「恋人が50人います」
「嘘」
「恋人が1人います」
「……いや、普通に嘘じゃん」
「心理のなんかこう、誇張した数字のあとだと本当っぽいかなって」
「何か使ったってどうしたって嘘は嘘だからね!?」
「えへへ」