どこへもいかない

 

もうここには誰もいないのかもしれない、無論わたくし自身を含めて。


意識の上にも下にも何もなくて、浮いた思念体のような何か、頭がろくに回らないから言葉もまとまらない。電車に乗るのも怖くて、上がった呼吸数と心拍数をどうにか宥めながら痛む胸と腹を抑えて自席まで辿り着く。でも何もわからない。ひとにものを配ればいいと言われて、でもその配り方もわからない。苛立つ誰か動くのを眺めている自分を眺めている。
肺炎になったら肺が白く写るっていうでしょう、あのような塩梅で頭のなかに白いもやがかかっている。もやが晴れるとそれはそれで見ていられない。

わたしのなかにいる君がわたしを煽る、美しい機関がここにある、でも肝心のここが少しおかしくなっちゃって声も出ない。なんだか少し頭痛もするし、血も足りていないからふらつく。座っているのも辛い。正気に戻るたび気絶している。

先週は微熱を出した(よくあることだ)ので出勤を止められた。
家で寝ていたら警察から電話が来たのが木曜日、「迷惑行為の被疑者の弁護士にあなたの連絡先を教えてもいいですか」、いいと言ったがまだ連絡は来ない。すっかり平熱に戻った金曜日、特に何も指示されていなかったので出社したら、自己判断で何をしているのかと叱られて落ち込んだ。発作を起こしそうになってまで行く必要がないのだと、もう脳が判断してしまっている。

 


「ひとはどうしていなくなっちゃうの、どうして、ねえ、今どうしてキスしたの?」

 

 

 

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・好きだった居酒屋さんがこの夏になくなってしまって、でも系列店があるというので行ってみたりする。看板メニューは同じで嬉しかった。サービスでフレンチトーストを頂く。

・「時間を割いてもらっているのにそんな発言をするのは失礼だなって考えちゃう、本当にそういう気持ちになったとき私はひとに言えないだろうな」

・時間も場所も決めずになんとなく会って、結局それは中野で、ブロードウェイをぐちゃぐちゃ見て歩く。よく会うが内面のことは何も知らない、いつも言葉のキャッチボールだけをしていて人格を映し合ったことはない。メカノではクリスマスソングのチップチューンカバーが流れていた。

・夜中、さほど面識のない女性に声を掛けられた「話を聞いて欲しいんです」と。そんな風に話をすることは初めてだった、「以前からおおらかな雰囲気と言葉遣いがとても好きだと思っていました、話を聞いてくれてありがとう」。

 

 

 

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嘘を吐かないひとなのはよくわかっている。その場合の言葉のあやというのはつまり、言うべきではないことを口にしたという意味なのだろうから、ようするに全部本音なのだということに他ならない。わたしには生きて欲しいという言葉も、わたしが死んだら安心するという言葉もどちらもそう。
もしかしてわたしが出来ることは生きるのをやめることだけなのではないか、と思いつく。死んだほうがまだ足しになるのかもしれないと思ったら情けなくて笑える。

「身勝手とは、受け取ってもらえなくなったものの成れの果てかもしれませんね」とかつてわたしは言った。いまのわたしは、いったいどちらだろう。ただ左手の親指を握り込んでは、通じますように、と祈っている。「確かに祈りが似合うね」と彼女は言った、「あなたは精神と身体の距離が近いのよ」。

 


本当に恥ずかしい話なのだけれども、わたしは知性が欠損していて、欠損したままだからこそ知性を好むのだと思う。そして、逆に欠けた知性を何を使って補っているのかはなんとなくわかる。そこの動きが鈍くなると総てがぼけて見える。
自分が言葉と紐づけようとも思っていなかったものにやすやすと言葉や感情や感覚を差し向けるひとを見ると感心するし、そういうものを見ているのがとても好き。知性はないが言葉がある、ヒステリックに押し出され続ける水のようなこれに言葉が浮かんでいるから引っかかってしまうんだね。

 


ここまででそれなりに傷を負って生きてきたから、それはみんなそうなのだろうけれど、わたしも充分傷ついた。もう今更傷がひとつふたつ増えてもどうでもいいや、という気分。だからもう好きに傷つけてゆけばよいよ、わたしを傷つけて相手が楽になるならそれは充分嬉しいことじゃないか。
今更、全部今更だ。わたしが死ぬまでそうやって石を投げたらいいよ。わたしの番がこない、誰もわたしと生きたくはないのだ、無論わたくし自身を含めて。だから、もうここには誰もいないのかもしれない。さみしいね、さみしいと感じている何かさえ今は身近に感じない。

でもわたしはここにいるんだよ、脳は随分と傷んでいるし千切れたから痛むけれど、どこにも行ってない。まともなときにはなかなか文章が書きあがらない、って、これが書きあがっているとも言い難いのだけれども。

 

どこへもいかない、とはYOMOYAの曲名。あの人懐こい豆電球ならまた見たいと思うけれど、イルミネーションの街は目を伏せて通り抜けている。今日はまた特に寒いね。感覚が鈍くなってしまって、まだ目が覚めた気がしない。頭も感情も充分に動かない。

 

追記:と書いてからYOMOYA復活後の初めてのライブ、しかもワンマンが今週あるのに気がついた