通過点としてあなたは光

夏の予感がひどくていささか取り乱し気味。
ベッドに横たわって、スピーカーではなくイヤホンで音を聴く。頭のなかに響く再生音、他人事のような溶けた声で意識を朦朧とさせて、うつつと夢の浅瀬を行きつ戻りつ恍惚。

 

外は涼しいのに風が吹き込んでこない、排熱が得意ではない身体なのもあってすぐに熱がこもってバグを起こしてしまう。バグフィクスとしてのげろり。
浅くて甘い呼吸。深呼吸をしようとしたのに、胸で詰まってくぐもった。自分の肌を湿らせる程度にしか生まれない汗で貼りつくパジャマとシーツ、蚊に食われた手足。

見えるわけでもない線が、光なのか色なのか温度なのかわからない、束ねられているわけでもない線が、頭のなかを走る。それに合わせて情緒がぐらつくし身体も跳ねる。今年の夏も、きっと矩形波になりたい。
夏は死に漸近する季節。生命の漲る盛りの真ん中で絶望と予感に押し潰される季節。
夏にはひとりになるのです、サナトリウムの準備をする必要。夏はどうしようもなく個人的な現象の体験、誰かと分かち合えるはずもなく、分かち合えないことだけはわかる。

 

 

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彼女の日記が微弱な呼吸をしていることに気づいて、「会いたい、と言えば会えますか?」と書き残したところ、直後に「もちろん」と返ってきた、「わたしも都が次の誕生日を迎える前に会いたいなと思っていたよ」。すぐさま会う算段を立てた。ここ10年で会ったかも怪しい、よくて8-9年ぶりとかだろう、とにかく久し振りに会う。
彼女の文章は今だって抜群にいい。彼女も含め、日々こんなものを浴びるように読んでいたのかと思うと恐ろしい。わたしはとても恵まれた環境の中でちまちまと書き綴っていて、それの単純な集積がこの場所で。

 

季節は覚えていないけれど、震えた端末のディスプレイに彼女の名前、受信した電子メールを覗くためスライド式の端末を引き寄せると、「笑った」という本文に、カラオケのモニターを写した写真が添付されていた。昨日のことのように取り出せるよ。
ジョイサウンドの採点モード、曲は罪と罰、ベスト3に引っかかっていた「衣魚」という文字。わたしが受信したのは彼女がきっと漏らした驚きを含んだ笑い声。あんなに痛快な気持ちになることってなかなかないまま2020。

 

 

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「とはいえまさか、特定少数たったひとりでさえ、わたしのことを好きでいるはずはあるまい、そんな生命が存在するわけあるまいよ」と思う瞬間は不意に訪れて、身の回りがびよびよと伸び縮みする。嫌な感じはしない、興味深く観察している。

 

わたしは万人の通過点。彗星のように近づいたり離れたりするのはあなた方のほうで、そのうちのひとつもここに留まらないことは知っている、理解している。通過点かくあるべし、さっぱり忘れて貰って構わない。
引力の加減ひとつ誤らない、誰ひとり落下させるものか、あなたがいちばん美しく見える瞬間をただ観測し、ばっちり焼きつけ留めておく。誰もいなくたって大丈夫、美しい姿の記録にまみれて生きてゆけるほどには充分既に。
留まっていられる性質の生命は少ないはずだ、だからわたしは、あなたがどう動いてもいちばん素敵な角度で捉える努力をする。生命の美しいところを見ていたい。こちらを向く必要はない。

 

 

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・夏の季語と言えば入院だ、今年は入院の当たり年なので回避したいところ。

・この時期になると生き物を連れて帰りたくなる。魚やイモリ。つまりそろそろまた指先が痺れてくる頃合いか。パラリシス!

・「夏は」でメモのログの検索を掛けて眺めた。「夏が」「夏の」なども検索してみたいところ。とはいえ、夏の衝迫は書き殴り捨ててきたから読み返すことが難しい。どこかに十全なかたちで残っていればいいのだけれど。

・わたしはこの夏もきちんと五体満足で乗り切れるのだろうか。

 

 

「今日は夏の前日 ひどい夏の予感がする こわくて眠れない 赤い夜がつづいてる」

 

やっぱりこの夏の前日は特に好き。