煙が目に染みる

ごろりと寝転んで「ごめんなさい」と君は言った。
「ごめんなさい、でもわたし、あなたが嫌いなの。心の底から嫌いなの」それからばつが悪そうに口元だけで笑って、「真顔でごめんね、冗談じゃなくてごめん」。
「気にしないでくれ、君が吸う煙草は重くてどうにも頂けなかったんだ」と僕は君が吐いた煙を払った。
「男の僕よりうんと重いじゃないか、それ」禁煙を始めたときにはその副流煙に涙したものだったな、と懐古。はは、もう語るのは全部過去形か、どうやら僕にはこの女を引き止めるつもりなどちゃんちゃらないようだ。
「さようなら。餞別に私のやつ、ワンカートン置いてわ」
「ワンカートンも?まいったな、こっちは禁煙中なんだけれど」
「餞別よ、吸うかどうかはあなたが決めるといいわ」
君はむっくり立ち上がって気だるげに部屋をでた、バタンとドアが閉まって砂埃が舞う。この涙はその、そんな砂埃の所為であるもんか。君が残していった煙が眼に染みてさ、いいや、ワンカートンも置いていく意地悪が泣けてさ、君の無駄使いが妙に泣けてさ、
言葉にすればその分際立つ。ドアはもはや壁に見えた。