もういいわかった、なんて

 

口を開くのが怖い。言葉が出てくるのが怖い。黙ることしている。そこにわたしがいないはずはない。沈黙の中身は全て言葉だと詩人は言った。口を開いたら叫びだしてしまって喉が裂けて二度と喋れなくなる。黙るしかない。

 

声帯にポリープができて切除手術をしたことがある。女性にしては低い声はわたしのコンプレックスだ。
あのときは術後しばらく発声してはいけないと言われた。いまもそう、喉がとても弱くてすぐに声が出なくなる。そういう状態をおして話し続けたのがそもそも声帯をおかしくした原因なわけで、喉の不調からわりとすぐ発声ができない状態になるから、できるだけ酷くなりすぎる前に発声をしない生活に切り替えようとする。

そしてここもそう。おかしくなる気配を察知したとき、言葉がいくらここにあってそれを並べることが可能だとしても、できるだけ一旦口をつぐむ。こんなにうるさい身体の中で、巡る言葉の反響を聞いている。わたしはここにいる、信じて。そして揺らいだら何度でも聞いてくれ、わたしはここにいることを、何度でも伝える。

 

そしてこんな文章を書いている場合ではないこと、書きたいものはいくらでもあることをきっと知っていてね。

誰の目にも触れない言葉を深く持ちたい、気が触れそうで

 

それからこれは、保健室の個室の話。

自分の「ちめいてきなしゅんかん」を覚えている。

金切り声を聞いていたら涙が止まらなくなった生物室、体育着のまま訳もわからず泣きながら開けた保健室の扉、さっと険しい顔に変わった養護教諭が通してくれた部屋。そのときまで保健室に個室があることを知らなかった。
よく晴れた日で、窓から太陽光が射していて、室内は明るく快適で、その向こうのグラウンドではさっきまで一緒に授業を受けていた同級生が走っていた。きっとはしゃいだ声を出しているのだけれど窓を挟むからくぐもって気配でしか通じてこない。どうしてか止まらない涙をぱたぱたと垂らしながら、わたしはあちら側に行けない、とぼうやり思った。

 

 

一度口を開いたら叫び裂けてしまうであろう肉体を、ぎりぎりのところでじっと抱いている。裂けてくれるなと抱き締めて耐えている。今に裂けてもおかしくないこれを、恐怖がぐわっと肺で広がって息ができない、苦しい、胸を傷めながら、わたしはいまそれでも口を開いている。ここには言葉がある。

 

 

「どうして?」と尋ねるのは、答えがわからないときばかりではない。あなたがどういう言葉を使って説明するのか知りたいとき、あなたの色合いを見たいとき、その答えが「もういい、わかった」だったときの、この

 

 

この恐怖を払拭してくれるなら、恐怖を覚えずによくなるふうな姿勢でいてくれるなら、わたしはいくらだって話し始める。冷えて硬いつまさき、流れ続ける血。