「あなたはわたしより大きな鏡、自分の輪郭を初めて見た」

 

ここ数日で解像度がじわじわと上がってきて、ああ、なるほど鏡だわと思った。使われなかった言葉を勝手に引用するかたちで題に。

鮮やかな水色のトートバッグを持っている男女とすれ違って思わず覗いたら「savex」とロゴが入っていて、なにそれわたしが欲しい!と思った。こんにちは、紅差し指でsavexの者です。

 

あー手足を投げ出して大声で泣きたいなあ、と髪を乾かしながら思った。それを実行しないのは、したところでこの気持ちが際立つだけだろうと思ったからだ。グラスの縁に唇をつけて液体を飲むでしょう、それでもグラスは身体に零れ落ちてこない。そういう際立ち方。
呼吸ひとつ乱さず静かに水を垂らすように泣くから誰にも気づかれない。最近こんな泣き方ばかりだなあと気づく、なんで泣いているのかはよくわからない。

つくづくわたしは自分の話をすることが苦手だ、だからわたしに口を開かせるのがうまいひとにはとても懐いてしまう、全部話してしまう。そういうひとに抱き締めてもらいたい。そういうひと、は、なかなかいないな。

 

 

 

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夕方に1時間半かけて友人の新居に向かう。引越しの手伝いができたらいいなと思っていたけれど完璧に済んでいた。また1時間半かけて帰るつもりなのかという誘いに乗ってそのまま一晩。途中彼女の恋人が来てシャワーを浴びて数時間だらだらしていった。彼に会うのは2年ぶり、どうにも胡散臭く思えて嫌いではないけれど苦手、その夜の夢にも出た。ベッドの隣に敷いた布団の上で自分が過呼吸の発作を起こして苦しんでいるのを全く無視して、ベッドで彼女と眠っている彼が適当なひとり言を投げかけてくる夢。このふたりには未来がないと彼女は理解して割り切っている。
翌朝は5時に起きて6時すぎに家を出て、1時間かけて坂道だらけの住宅地を歩いてスーパー銭湯に行った。4時間ぐらいだらけて(体重計に乗ったら最高値!)、シャトルバスで新居に帰って、川辺を散歩して昼下がりに帰った。

あなたは粗末に扱われていい存在ではないし、傷ついてもいい、と言われた。

 


1年前のその日飲んでいたひとに1年ぶりに会った。1年前であることにすぐに気付けたのは、そのとき文字を入力して送信したからだ。緊張をお酒で飲み下してまで声を掛けたいと思ったのは初めてだった。今年は天気が良かったから、晴れた空の下、東京をざっと眺めながらピニャコラーダとモスコミュールとレモネードを飲んだ。友人はPCRと性病は検査したほうがいいと笑っていた。

ひとつも悪く言わずに話を聞いてくれて嬉しかった。

 


スープカレーやケーキを食べたり化粧品や服や本を見たりうろうろ歩いたりしながら話した、慣れないヒールを履いたらすぐに足が痛くなった。彼女はわたしの願望をよく問う、わたしはそれに対して悩まずに答えられた試しがない、それでも考えてみる。真珠が欲しいよね、などと話した。真珠はわたしの誕生石でもある。

どんどん安く扱われてしまうよ、デパートの入り口付近のソファーに腰掛けて足を休めているときに言われた。

 

 

 

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「芯から疲れているのでしょう」とのこと。あなたの努力でギリギリ壊れないでいるのに誰もそれに気づいていないし褒めてもくれない、あなたも報われない。そういうことをやり続けているのだからそれは疲れるだろう。
変に自分のそういう部分にスポットを当てられて共感しようとされても全然ピンとこなかった。報われるもなにもない、それは当然のことなのだ。イチョウが紅葉することをイチョウの努力だと思わないだろう、そういった当然さだ。

けれどもね、その点に関しては認めて欲しいと思っていないものの、そうでない部分に関して、もしかしてわたしはとても頑張っていたのではないかとふと思った。して当然のことだからたまに褒められても、見つかってしまったばつの悪さばかりが勝ってしまって嬉しい気持ちは薄かった。あるいは、頑張っていることを褒められるということは、引き続き頑張るべきだと言われ続けることとほとんど同義だから、辟易していたのかもしれない。

 

「何もしてもしなくてもあなたの価値は変わらない」

何気なく言われたそのひとことを、言われたその日から何度も何度も反芻している。嬉しかった、世界がひっくり返るような衝撃とともに、液晶を見つめる目からばたばたと涙が落ちてきた。
疲れるまで頑張ってようやく人並みに立てるかどうか、という危うい線上を歩いて長い。抱き上げられた気分だった。あなたは当然のことのようにさらりとそういうことを言う。照れくさかったけれど、とても嬉しかった。本当に、とても。


こんなに疲れているけれど、年末に痴漢に遭って以来あの時間帯の電車に乗れないけれど、それでもわたしはまだやっていけるのだろうか。

もうこれっぽっちも頑張りたくない、疲れたよ、大事にされたい、優しさばかりを求める卑しさを軽蔑しないで欲しい、何も求めないで欲しい、それでも「君は何も変わっていない」と思って欲しい。望みすぎでわがままだなんてわかってる、でもそれがしたい!されたい!
それさえできれば、前よりいっそう元気に走れる気がするんだよ。

 

AJICO復活の報。オッケー。