うるせえお前の笑い声キスをやめないで


どうあったってひとり。いつかの誰かの「君は安定して不安定というか、不安定状態で安定しているというか」。
安定しているので困らないけれど、安心はしていないから不安定だ。きっとマイナーコードの曲を聴いているからこうなっている、恥ずかしいほどにシンプルな仕組み。


どろんと消えてみようかしらと思いながら電車に乗って横移動。簡単にいなくなれるのは他人を他人だと思っていないからなのかもしれない。結局わたしのなかには自分しかいないのだろうか、自他の境目を曖昧にぼやかして、自分は酷く信用ならないやつだなと思った。わたしはわたしを信用しない、ゆえに、誠実であれ優しくあれ頼むからそうあってくれと祈っている。
そこに思い至るまでの思考もあったはずなのだけれど、もう辿った筋を思い出せない。頭が重ったるい。心身が鉛の日。聴き慣れたメジャーコードの曲に変えたら聴きたい箇所があるのに何度聴いても通り過ぎてしまって、非常に散逸しているとわかる。

 

 

こんな憂鬱に似た何かは、精神みたいな顔をした肉体の仕業なのはわかっている、思えば最初からそうだった。特に産む予定もないのにつくづく律儀なものである。
身体の機嫌を取るために感情を差し出して支配させてあげている。不愉快だけど白旗。「一応だけど結婚の予定は?」と二度聞かれた午前。血が流れているときに聞かれると舌を打ちたくなる、この身体の何がわかるという。なんのために血を流しているのか教えてくれるのかよ、お前も血を流してくれるのかよ、なんて、乱暴な口を。
それにしたって出社して即更衣室で横になったのは初めてだった、そんな日に投げられるQとして最低値。とにかく、血が流れると惨めな気持ちになる、抗えない。
元々低空飛行気味のときにこうなるから本当、腹立たしいほどよくできてるよ。

 

いつだって正気なのにうっすら混乱している。それがわたしの持ち味で、こういうときに何度も繰り返す「嫌気がさすのはお家芸」。そう、ただのお家芸


発作で動くことだけは絶対にしてはいけない、わたしには頭がついている、混乱の最中においてさえいつだって確かに正気でいるから、今日まで誤らずに済んでいる。そういう機関だけは信用してるが、差し引いても自分に対する猜疑心は晴れない。
これはいつか絶対に悪いことをする、だから自律で丁寧に縛って、わたしは何を飼い慣らしたいというのか。泣きたい、というよりは自分が泣くまで自分を責めたい。これは被虐なのか加虐なのか、どちらにせ宜しくない感情だ。でもわかっている、さっさと血を補って身体を清潔にすればいい、そうすれば少しは和らぐ。わかっていて喚くイケてなさったらない。「うぐいすの谷」を聴いていた。

 

 


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帰宅して、真いわしを手開きした。頭を落とし腹を切り内臓を除き骨と肉の間に指を滑らせる。暗く赤い血でぬらつく指に染み付いた生臭さ。2度手を洗って食事をとった。いわしは食べ方がいろいろある上に、いまなんかは旬だから比較的安価、なにより美味なので好きだ。
おいしいものを食べたしこれは持ち直したな、と思いながらベッドに潜ってごろごろしていたところ、気づいたらだらだら泣きかけているのを発見したものだから呆れた。「有明けの月」を聴いていた。


自身の性質は騾馬に例えるべきなのだろう。何も先に続かない、ここで終わるもの。自分が望もうと望まなかろうと残すことはできないし、残るものもない。使ってもらってさっぱり終わり。例え続きたいと願っても続かない、最初から打ち止め、誰もいない。

そんな考えを突っついていたら、また「お前の血は汚いから人様に迷惑をかける」という言葉が脳裏で膨らんでいて困る。文脈を伏せると随分な言い様だ。しかしながら、こう言われて以来おそらくずっと、自分の血は汚いとぼうやり思っている。特に困ることはない、こうやって折に触れて思い出すだけ。
血に綺麗も汚いもない。そう思わないとやっていられない。だけれど自分のは汚い。そして、こうやって飽きもせず鬱々としたことを考えている頭のうっとりとしているところもとっても汚い。

血が透明ならいいのにな、なんとなく綺麗も汚いもなくなりそうだし。そして怪我に気づかないまま大量に出血して意識を手放したい、ぐっしょりと濡れた布だけを残して。

 

まだ手が生臭い、さすがに血は臭うね。水道水で血合いの部分をぎゅっと押し流すときの血のテクスチャは断末魔みたいでちょっとだけ苦手。すりりんごを下ろす音に比べたら遥かに得意の部類だけれど。

 

 

 

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麓健一、聴きたいなと思ったときには活動がかなり少なくなっていた。いま何をしているのだろう……って調べてみたら2月末に7thFLOORでツーマンをやっていた、気づかなかった!3月にはスリーマンもやっている! そうか、それなら遠くないうちに見られたらいいな。

アルバム単位でぼうっと聴いてずるずる引きずられるのが好きだけれど、この曲は1曲ぐるぐる回して聴きたくなる。シンプルな歌詞をつい歌ってしまう。かなり最近誰かがYouTubeにあげているのに先程気づいた。

生臭い手で鍵盤を打って、身体はじっとり汗ばんでいる。