水かき夜間飛行

 

ハンドクリーム塗ってますか、とわたしの席の前で足をとめるひと。質問の意図がわからなくて頷いたら「夏の匂いがする」とにっこり笑って歩いて行った。わたしの肌とバニラを混ぜると、このひとにとっての夏の匂いになるのだろうか。
香水はあまりつけないけれど、クリームなんかにはバニラの香りのものをよく選びがちだ。リップクリームやヘアオイルもそう、なんだか馴染みがいいというだけの理由。夏の匂い。

啓蟄を越えた辺りからそわそわしていて眠れない日が続いている。

 

 

わたしの日用のわざ。書類をとめているホチキスの芯に金具を差し込んで力を加えて歪めて、ちょうど牡羊座のマークのかたちになったところで引き抜くこと。ここで勤め出してからずっと牡羊座のマークを貯め続けている箱がある、そこに今日も牡羊座を積もらせてゆく。

日用のわざのひとつとして、今日は年末に大量に貰ったカレンダーを整理していた。途中でカレンダーの上辺を束ねている金属で、紙でそうするように左手の親指を切った。痛みはほとんどなかったけれど血がたくさん流れるから止血もままならなくて、指の根元を抑えながら心臓よりは上になるようにして、つやつやの厚紙に印刷された虎の顔の上に落ちる血を眺めていた。「トフメル」という軟膏はぬるいピンクで妙にもちもちしている。血と軟膏とが混ざり合ってピンク色に染まるガーゼ。ハンカチーフをきつく結んでおいた親指の先端は真っ青になっていて、解いて触れるとくったり冷たかった。この冷たさ、そして血の通い始める温度、どうにも春のテクスチャ。ぐちゃぐちゃぐちゃ。桜。もう咲いてる、だからもう散るの? でも今日寒いね。

 

 

体重の十の位が変わったのを久々に見た。それなりに驚いた。なのに体形の気になる部分は変わらないので、相対的に太くなって見える節さえある。やだなあ、まあやるけどね。

 

 

白に近い明るいピンクのマスカラと春の草木のようなグリーンのマスカラを買った。カラーマスカラを買うのは久しぶり、使う頻度に対して買いすぎてしまうため、もう何年も買わずにいたのだった。でも白っぽい睫毛したことって一度もないしいいよね。ずっと地味な睫毛でやってきたもんね。いちばんよく使っていたのはいつかの夏に限定で出たマジョリカマジョルカの青。

 

 

先週は初めて行く美容室で散髪。今回お願いした美容師さんは多毛のひとのカットの研究に熱心で、毛質を活かして手の込んだスタイリングをしなくてもハマる提案を得意としているらしく、かつXXXという角度から毛質の研究をしている方だった。初めて知ったときからサンプルとして自分の髪を提供したいと思っていたのでやっと夢が叶ってよかった。今まで抑え込もうとしていた癖を前面に出していこうという方向性で、四方八方にうねる髪型なので見慣れないけれど、とにかく毛量はとても減った。

そして見慣れないなりに悪くはないかもしれないとブラッシングをしながら思う。なんていうか、「あえて」こうしているような気がする、よくいえばだけれど。隠そうとしてきた自分のシルエットを出したら、そういうシルエットのひとになって、案外に悪くないねという話。

 

 

10年来の付き合いになるアクセサリー職人の方の作品を買った。ほとんどを黒いビーズや天然石で繋いでいくというたまにしか作らないオールブラックシリーズで、そのいちばん最初のものを買ったのだった。そしてそれは落としてしまった、その日のことを日付ごと覚えている。落ちるわけがなかったのに、だから厄を引き受けたのだと納得した。今回のオールブラックシリーズはとても気に入っている。真珠も一粒入ってるんだよ。

 

自分の肉体の限りを自分で決める、という志向があるかもしれない。

例えばわたしはアクセサリーを装飾具として割り切っていなくて、むしろ身体の一部だと思っている。でも付け外しはできて、どれを肉体にするかは選べる。手足の長さは変えられない、顔つきも変えられない、だけどアクセサリーは選べる。選べる肉体としてのアクセサリー。ピアスもそうだし、タイミングさえ合えば舌ピどころかスプリットタンにしたってよいしタトゥーをいれるのも選択肢内。もっとわかりやすいところだと髪の色もかたちもそう(拡張すると衣服もそうなのかもしれない)。
この辺りに関して他者からどう見られるかを考えたことってあまりない。髪を金にしたのも青にしたのもどうでもよい、ただ自分の肉体であるということ、自分の肉体は自らの意志の介入によって自分の肉体になる。
とはいえ、スプリットタンやタトゥー、あるいは髪型はおおまかに不可逆で施してしまうと戻せない。それは選択肢が潰えることにも繋がるような感じもするから保留にしている。わたしの髪が真っ青だった時期はかなり短かったけれど、あれはとてもしっくりきていた。もっともそれに伴うヘアケアを維持し続けるのが性に合っていないのだけれど。そして何より黒髪も好きだし。

自他の境が曖昧であるという言い方もできるのかもしれない。わたしの身体は意識によって日々揺らぐ。拡張と収縮を繰り返すあわい、touch of me、本当にわたしですか、あなたはわたしに触れた?

陽炎のように揺れ続ける輪郭を、ここですよとわたしが決めて切り落とす。あなたの指も挟んで切り落としてたらごめんね、でもそうなったらそれはわたしってことだから。いただきます♪

 

「戴く」と表記したときいつも少しだけ裁いてしまう。

 

 

ORIGINAL LOVEのシングルがぴよりとiTunesに入っていることに気づいた。Tender Loveなんだけど、収録されている「愛の薬」が大層格好よくて繰り返し聴いている。アルバムにも収録されているらしいと聴いてみたけれど違う、これに収録されているライブ演奏の、これ、この「愛の薬」が素晴らしく好き。サブスク配信されているのを確認しましたので、あとはあなたに委ねられています。

でもいつだってそう、YouTubeを挿入しようが聴かれるかどうかはいつだってわたしの手を離れている、そもそもここまで読まれているかどうかだって。

 

 

去年のわたしより今日のわたしのほうが素敵って思うし、きっと綺麗になれている。そういう、胸に飾れる思いをだいじにしています。