ざらざら


ゲームしてないで考えなくちゃ、手が震えてもやめてはいけないルールだよ。


「お前のは汚れた血だから迷惑になる」とアルコール濃度の高い血をマワしながら男は言う。肌の上の美醜のことは諦めていたけれど、血にさえ美醜があって叱責の対象になるとは思っていなかった。血を抜くこと、それさえ人様の迷惑になるのだと知った昼。汚いと言われたこの血を一生身体に巡らせてゆくのだと俯いた、血が汚いのだから何もかもが汚れている。わたしみたいなものは、腐った泥濘のようなものは、本当はひとに触っては、触らせてはいけないのだろう。

汚いにんげんが何をやっても汚れていくのみなので、全部をやめてただ倒れては眠っていた。食事もとらず、場所も選ばず。気持ち悪いと詰られた音楽を耳に挿して、どこにもいなかったしどこにでもいた。山手線の中。アスファルトの上。土手。知らない町。主要駅の近くのひとの少ない綺麗めのトイレはいくつも覚えていて、例えば新宿ならヤマダ電機LABIの上層階だとか。そうね、どこの駅でも電気屋さんは便利に使わせてもらった。
眠るのは極力ひとのいないビルで。本屋のトイレで眠りこけていたら閉館作業が済まされていた、京都駅では自殺か何かを疑られてすごい勢いで開けられた。耐えきれなくて崩れるのだ、貧血なのか眠りなのか切り分けられなかった。あんなに階段から落ちたのに線路には落ちなかった。待ち合わせにはことごとく失敗した、大体どこかで倒れてしまって辿り着けないから。
静かに眠れるならそれでよかった。怒鳴り声も金切り声も泣き声からも逃げ切りたかった、逃げようとすると足首を掴まれる。全部わたしのせいだった、自分の在で荒れる景色を、自分が守る必要があった。逃げるときは手を取らないといけないとわかった。

そう、男は気まぐれに怖い態度を取った。激昂すると、静かに逃げようと階段をあがるわたしの足首を掴んで片手で引きずりおろす。あの辺りの記憶は酷く薄い、それなのに今でもすぐ足首に指のあとを感じて怖くなる。今もそうだし、もしかしてこれからもずっと消えないのかもしれない。そしてどこかに行こうとすると引きずりおろされるのだ。
脳のなかにあるのは摺りガラス越しの景色だけ、でも肉体にはずっと残っていて焼き印ってこういうものを指すのでしょう。代謝されて欲しい。こんなものを語り継ぐ細胞たちは暇を持て余しすぎている。

しんどくなるとすぐひろちゃんと話した。ひろちゃんというのは隣に住んでいた幼馴染で、日本犬の顔をした白い雑種。弟と誕生日が一日違いで、ひろちゃんのほうが1日お兄さん。彼と会うのに待ち合わせが不要なのが嬉しかった。
同じだけ歳を取ったのに彼だけ老いた。ひろちゃんはほとんどを眠って過ごすようになっていたけれど、泣いているときに話しかけると、必ずいつも身体を引きずるようにしながら寄ってきて手を舐めては貼りついてくれた。だめだよ、汚いよ、その肌のすぐ下にも血は流れていて、血なんか簡単に流れ出すのに。
あるいは涙もまた血を濾過しただけのものだから汚い。体液も。全部。身体の内側から全部。ひとの役に立てない血、迷惑だけをかける血。汗をかきにくい身体。
血を流しながらゴミ捨て場に転がってみても集積してもらえなかった。

ずっと、少しでも血を綺麗にしたいって願い続けていて、それはラブを集めたら活動時間が長くなるのに似ている。でも頭が壊れてしまっているみたいだ、壊れた頭じゃ何も掬えない。壊れた頭は救えない。
もうひとつ巡る水があって、それは感情という乱暴な水だ。せめてこれは大切に綺麗に保とうと思って今でも背筋を伸ばしているけれど、他者から見たら充分不気味なものだというのはよくよく染みてる。ゴミを抱えて生きているように見えますか?

全然ロー回避できなくてびっくりしてる。汚い吐瀉物ですね。ざらざら。それでもわたしは脳を綺麗にしようってぐるぐるやってる。きっと煮沸すればまだなんとかなるものもあるよ。それとも浴びるように飲んでアルコール消毒する? ぐえ


話していて思い出したんだけど、血が綺麗って言われたことがあってそのとき勝手にとても救われたような気持ちになった。まああまねく感情総て勝手、わたしの手にも負えないもの。いつか足首にレースを結んで欲しい、柔らかいオーガニックコットンがいい。

汚いでしょう、わたしは自分のこういう話をするのが嫌いです。大したことは何もないのに哀しそうな顔をする自分が嫌いだからです。でもそれを指摘されたらますますどうにもならない。誰にもしたことのない嘔吐たちをこうやってざらざら吐いています。そういえばここ数日胃の調子が悪くて、今日は水しか飲んでいないのにこみあげ続けていた。悪いにんげんです、おぞましい醜いにんげんです。でもわたしは死ぬまでこのひとをやるって覚悟はとっくについてる。

ずっと音楽を聴いていた、本当に何もかも音楽を聴いて文章を書いて塗り潰した。ひとと接するのはいつまでも怖いのだと思う。いつまでつまらない薄笑い貼り付けてんだよって思うけどせめて迷惑をかけたくないだけで嘘はついてない。誰もここに留まらない、だって毎秒毎秒世界の顔は違うもの。ぶらさがる死体にぶつかる、見知った顔が揺れている。もう驚きもしない。アイスランドに埋めてあげる。落としてきた黄色いくまのシャボン玉を餞にして。