さみしみのさしみ


自分でよくわかっている、わたしはとてもチョロい。あたたかい場所において放っておくとすぐに浮足立つ、舞い上がる、期待する、信じる。いくらまでだって甘く柔らかく広がってゆく。そこを突かれたらひとたまりもないだろう。だからこそ懐疑的になる、嬉しい言葉にこそ疑り深くなる。それでもピンと来たら信じざるを得ない、ピンとくるのを待っている、そうやって自分の身体の賢さに頼っている。

「わたしのずっとは、「ずっと」だよ。平気?」

そうやって許可を取らないと使ってはいけない言葉だと考えていたことに気づいたのは最近。なぜ許可を取るのかといえば、わたしはずっとがずっとじゃないと平気じゃないから。信じたものが折れてゆくと回復にひどく時間を要するから。でも、第一まだ何も折れていない。身体は何も間違えてない、わたしは今だってそう思っている。

言葉に囚われたくないと願っているのは、言葉に囚われているからに他ならないのだと思う。わたしは言葉にこそ懐疑的になるべきだ、ひとによって持つ辞書が違うのもの。でもそれはつまり自分の辞書を、ひいては自分を疑えということ。ぐらぐらする。ずっと。ずっと。ずっと?

 

昨日起きたら定時を回っていたことに驚いたばかりだったのに、今日も起きたら家を出るべき時間を遥かに回っていた。もうだめだよ、もうだめだ。

 

 

 

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「ねえxxxしよう」
「うん、大きくなったらねえ」

 


たぶん、大きくなれないまま今日。でもその通りで、わたしは矮小なにんげん。別にひとりでもきっと生きていけるのだけれど、誰にも一緒にいたいと手を取られていないのは少し淋しいな。そう、なぜなら要らないから。余剰だから。せめてわたしだけはわたしを必要としないと簡単に失くしてしまうよ。惨めだな、でもしょうがない、ひとりで転がれ、もっと転がっていけよ。遠くまで行けるぜ、ほら走れよ。
でもほら、今日は起きられなかったから。貧血ということだから、うずくまっていては走れまいね。いいよそれでも、血塗れになって転がっていけ死ぬまでそうしろ、他にできることなんてないだろ?

 

 

 

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切りたての髪を洗うのは楽しい。すぐに乾くもの。パーマはふあふあしている。触るとくしゅくしゅする。冬毛みたい。

 

昨日モンブランを買ってきてくれた方は定年までの数ヶ月を待たずして、来月末で退社するって涙声での発表。ア、哀しい、と思った。この勤務先の中心人物で、実質のヘッド。よく気にかけてくれていた、いなくなってしまうのか。来年の春には軽口を叩ける同年代のひとも異動になる。同期もいなければ同年代もいないここで一からよく頑張っていると思う、のにさ、狙い撃ちされたように状況がぐるんぐるんと。

 

同居人が越して家は随分静かになった。
友人は美容師を引退したし、小林賢太郎パフォーマーを引退したし、今日は新たに好きなドラマーが音楽活動から引退すると報が入った。かなり好んで一時期は月に何本も彼らのライブを見たりもした。もう、なんなんだよ。

 

ねえ、淋しいって思うのはそんなに悪いことだろうか、だろうな、ひとを苦しめる。でもわたしはすっごく淋しいんだ。淋しくてどうしようもない。おそらくは過度に淋しがり屋な性分だからある程度までは仕方がない、でも。

「さみしいをなくしたいってやってるなら絶対報われる」と言っていたけれど、わたしは何をしたら報われる? もうひととの繋がりを断つ以外の手立てが思いつかない、あちこち歯欠けして足場がひどく不安定だ。

 

なんにせわたしが言えることはひとつ、淋しがり屋には触らないほうがいい、孤独死させてあげたらいいと思う。そんなやつはあまねく痛みに敏感で自己中心的で理不尽だろう、触ると怪我をするから無視をしたほうがあなたのためだ。それでも、もしかして孤独死せずに済む道があるかもしれないなんて不潔なことを考えたから、もう。

 

 

感傷的にすぎるね、わかってるよ。痛みを吐いたって仕方がない、わかってるんだけど。

 

 


帰りしなポストに投函しようと思ったら回収車が停まっていた。これから回収するのかもう済ませたのかわからず近くに立っていたが、降りてくる気配がないのでポストに手を差し入れる。あとは封筒から指先を離してポストに落とすだけ、というまさにその瞬間、降車してきた回収員の方に「もう入れちゃった?」と茶目っぽい声で聞かれた。ぎりぎり指先に引っ掛けていた封筒をポストから抜き取って手渡しをする。

嬉しかった、とても嬉しくてお礼を言いながら泣きそうになったし、実際数メートル歩いて泣いてしまった。そこから今に至るまでずっと泣いている。これくらいの優しさで充分構わないのに、わたしの幸福の閾値はさほど高くないのにな。

 

目の前に立つ白髪の綺麗な女性に席を譲ろうとしたら、わたしが暗い顔をしているからだろうか、とても明るい笑顔で「いいのいいの、座ってて」と、声をかける前の目が合った段階で断られてしまった。そんな眩しい表情をこちらに向けないで欲しい、ますます泣けてしまうじゃないか。

 

 

ああもう、何ひとつうまく話せない、気の利いたことも言えないし格好良く立ってもいられない。痛みばかり吐くようなにんげんになるくらいなら黙れよな。品位が下がる、醜い。

 

俯いてずっと心を慰めてきた音楽を聴いている、他に何もない。マスクが頬に貼りつく感じがただ気持ち悪い。