「ったく良い友達だよ」

昨晩は恩師と高円寺で飲む。相変わらずゲジ眉の出っ歯だった、もうすぐ40だと言う彼ともかれこれ7年近くの付き合いになるのか。


彼はわたしの何かを高く買ってくれている。そうだ、昔はそういう存在だったんだ。風穴のように鬱屈を排除していた、空間。
大麻覚醒剤はやめろよーとさんざ言われ、やってねーと毒づいていた。ピルケースの中身まで確認される
でもいざ大麻かなにかで捕まったら彼は爆笑するに違いない、


「都は都じゃん」。
彼は不思議だ、胡散臭いのに逐一報告したくなる


4時間くらいふたりで話しても一向に話題が尽きない
友人が社長令嬢に手を出してボコボコにされたはなし、
同輩がなぜかみなカリスマかもしくは面白い人間になってるはなし、
沢山沢山話をした


中央線サワーはオレンジで山手線サワーはグリーンだった
貝も厚揚げもおいしかった
「だろ?」と彼は笑う。「昔からこの店はこうなんだよ、」


教育はがんじがらめの正義を叩き込むことではなくて、駆け引きと寛容さだと言うこと

なんだ、と思う
わたしの根底に彼の哲学は根付いていた。自由と思考、楽しく生きること、放任主義に見えていつでも見守っていてくれる、可愛い子には旅をさせよの精神だ。


彼及び彼らは、わたしのことを驚くほど理解していた
「よくもわるくも頭の回転早いからうごけねーんだろ?てめーは昔からそうだよ都ォ」
泣いてたまるかと煽った熱燗はおいしかった


その後はグリーンアップルという喫茶店に友人が多数いるので遊びに行った(恩師までついてきた、酔っ払いめ)。
久し振りにみんなに会えてまた話に花が咲く


わたしには時間がある
生きているし、楽しい
まだいる。場所もある
なんかまた作ろうって


リハビリ中断。大丈夫大丈夫、
いつも場を楽しませた都も、考えすぎる都も、実は奥ゆかしいとこもある都も、きちんとここに居るし在る。たった一年、教師と教え子だったという危うい関係性の中で、まだ繋がってる


きみのことには関与しない。けどわたしたちは他人じゃない