柔らかな母音


もう呼ばれることのなくなった名前について考える。


彼彼女の名を呟いている自分の唇、口という空洞はどこかに繋がっているのだろうか。繋がっているものだと思っていた。彼彼女もわたしの名前を呟いてくれれば、それはもう素敵なことだと。

でもいつだってすぐに関係は崩れてゆく、バターをたくさん練りこんだクッキーのような軽やかさで、その食べかすのようにあっさり処理され、関心を抱かれることはない。そうなってしまった名前について。

彼彼女の名前を呟いた。繋がらない空洞がぽっかりと、存在だけしている。違う名前を呼ぶ彼彼女。平等にあるが、平等には振り返られない過去。
執念深いほうだとは今はあまり思わないけれど、自分の通ってきた道ぐらいは、きちんと、何度でも、なぞってゆきたい。それだけなのだけれど。


もう呼ばれることのなくなった名前と、思い出されなくなった自分について。それでも静かに呼吸は続く。そういう営みについて考える。