質屋の天使

起床、即測温、平熱、憂鬱。節々の痛みは引いていたが扁桃腺の腫れと痛みあり。正解がわからなくて泣きかけながら出社。理想解が「休む」であることは明白なのだが、行っても行かなくても間違えている気がする。免疫力が落ちていることはわかる。でも午後になったらまあ元気になったので気の持ちよう半分です。

 


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体調が悪いとろくなほうに転がらない、特に昨晩は酷かった。聖書をきっかけに言葉がずるりと引きずり出され、頭のなかで溢れかえった。世界が静かで気持ちがいいと思った途端のことだった。一瞬で言葉は膨らみ、本一冊、家具ひとつ、どれをとっても総てがうるさくてたまらない。静かだとたくさんの音が聴こえてしまうものだから、頭の中が言葉でいっぱいになって、叫びたいのに息ができなくて、身を固くしてやりすごした。

指先から情報がだくだくと流れ込んでくる感じ、脳に直接結線されているような、あの苦しみがわからないやつらは黙っていてくれ、頭が言葉で埋め尽くされる。ベルリン・天使の詩、害虫、坂口安吾、いつか読んだ国外のエッセイ、各種歌詞、聖書、から関連する言葉、漫画、ゲームの台詞、持ち物がこの棚に収まるまでの経緯を各々自由に喋り出す。うるさい、うるさい、うるさい。すべてを吹き飛ばす強い言葉を欲しながら眠った。やっぱりベルリン・天使の詩が見たい。


久々にこの神経過敏をやったなあ。ビョーキとかキチガイに片足突っ込んでる風情を自覚すると一気に精神が弱る、そもそも身体が弱っていたのでそちらに引っ張られたのだと思う。どんなに茶化しても疫病騒ぎですっかり疲弊していることは、認めたくないけれど本当だ。美しいものが見たい。美術館に行って心を遠くに持ってゆきたい、ミラーボールを見つめたい、夜の街を歩き回りたい。言葉はあまりにも強すぎて、すぐに意識をジャックしようとするし、脳はファックされてしまう。

 

例えば、先ほどからは中澤系が頭をガンガン叩いている。

3番線快速電車が通過します理解できない人は下がって

理解できないひとは下がって。理解できないひとは下がっていてくれ。美しいものを寄越せ、まどろみたいのだ。理解できないひとは下がって。

 


……かように喚いていても仕方がないことは重々承知だ。せめて優しい言葉に包まれて、安心して白くなるまで眠りたい。毎朝何度も何度も測温して絶望して、たぶんとっくにノイローゼ気味。わかっている、理解をしている、正しく捉えているうちはわたしは絶対に大丈夫なのだ、頭がついている、大いに使え、目も開いている、よく見通せる。正気でなんていられないが狂気に走ることはない、迷わない、美しいものを知っている。そういうものが胸にあれば、そういう星がひとつあれば、あとはまっすぐ歩くだけ。
わたしの神は乱暴に世界を壊したがるが、わたしの神よりわたしは強く、今日も世界を守った。総てのものがまたひそひそ声になるまで、じっと静かな地層でいよう。化石と睦言を交わし合いながら。

 


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最近は具体的に日記を書くよう心掛けているのだが、どうやらまだ詩の風体をしているらしい。きっともうこの口調は直らないのだろう、別に構わない、これがわたしの血肉の有様だ。さらけ出して、血を流していても歩いてゆける。
とにかく、何をするにもノイローゼ気味ではいけない。心配されるのは苦手だ。言葉が与える愉悦を思うなら、わたしにはきっとマゾヒスティックな面がある。もっと大きな声で喋って、圧し潰して、わたしを真に地層にするまで。もう黙りなって。

 

美術館に行きたいの。わけのわからないオブジェや大きくて色彩が散らかっている絵で、言葉の外側にゆきたい。酷く煮詰まっている。もっと感覚を開くべきだ、ピントをぼかして。

 

わたしは大きな水である。ちょっとやそっとじゃ濁らない。すぐに澄む。君は息をしていて、窒息だけは絶対にいけない。

 


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娯楽、娯楽のみならずあらゆるものが閉じると、明日発表されるらしい。生活の何が止まるのだろう。先日更新した定期券は4月9日始まりだ。とりあえず本屋に寄って歌集を3冊と漫画家の自作解説本を購入し帰路、普段なら選ばない系統。彩を豊かに持ち、脳を少しでも美しい水の中に浮かべたいと思ってのこと。

 

5月末に閉館してしまう前に上野の鴎外荘に行きたかったな、最近ではかなり値段も下がっていたらしい。この騒ぎじゃ難しいだろう。広いお風呂に身体を置いたら少しはマシになるとは思う。

 

 

再Q.せっつかされたように喋っているのは不安の証左になりえますか?
A1.なりえますね、強迫的で見ていられない。口を塞げ、これ以上深く言葉に囚われる前に。
A2.しばらくこの日々は続きますが、でも大丈夫、君の心は大きくしなって見えるけどなかなか折れづらいし、折れたとてもしなやかに再生することに対して絶対の信頼を置いています。何度でも折ってゆきましょう、本当に折ってはならないのは矜恃と背骨だけ。君は何も失わない。