翻り翻し

 

本当に論理的じゃない、でも穏やかに穏やかに思考をすると何度もここを通り過ぎる。なけなしの論理が咎めて諌める回数も今のところは同数で、当たり前だ。一度棄却したら二度と浮上しないくらいの話なのかもしれない。

「本当に」論理的じゃない。でもこの数年、ここ数ヶ月、たくさんたくさんわたしなりに考えた、「本当にXXなら」、迷い込んでぐらぐらになる。

でもわたしは知っている。同じ出発点からでも行動が真逆になることを。同じ行動でも動機が真逆だなんてよくある話だ。だから、だから、だから全員が孤独でわかりあえない。それでも探ることをやめては、やめてはだめだよ。

粘り強く取り組むはめになるポイント、弱点でありゆえに強くなってしまうポイントって各々あると思う。わたしは何に粘り強くあれるのだろうと思っていたが、「停滞しないこと」らしい。怪我をしていてぼろぼろでも言い訳にならないと蹴飛ばし続ける。だからさ、やめてはだめだ。停滞じゃない、じりじりして見えてもそこには力が溜まっている。その空気の揺らぎをなかったことにしてんなよ。

「本当にXX」に見えなかったとしても、これが自分の誠実さなのだと、その全部を伝えきれないことを哀しく思ってはいけない。それでも伝えようとし続けること。その勇気をもっと確固と握りしめて、いつも最後のつもりでやるのなんて人生の基本の基本だから、そんなに悩みすぎないで、泣き続けないで。

 

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