互い違いに腰掛けてそれぞれ相手の残像と話してた

 

鍵盤を叩いていないと落ち着かない、レモンをかじったら口に内側に唾液が溜まるよりも早く、言葉が言葉が何日も無視してきた分の言葉が指を突き破りそうになっている。口をぎゅっと結んでいるから涙が出てきそうになっていて何に追われているのかわからない。気を逸らす何もかもがひとつも役に立たない気がする、というか気を逸らすという選択肢すらも実際は選べなくてキーボードを叩くこと以外何もしたくない。何か書きたいことがあるわけでもない、こうなったら指が言うことを聞かない。いつも指が走るからわたしはあとからついて行く。何も効かない、何も聴きたくない。

 

どこから来たのかわからないけれど引き攣れた肉のイメージがある。既視感で目が回る。引き攣れた肉を連れて歩いているそれだけの、どこから来たのかもわからない、酷い火傷のような消えない肉。もう痛みはない、それでもかつて確かに大きな傷みがそこに生じたことがある。
忘れてた、消えてなかった、すっかり塞がって見えるここに実は指が入る。そこに指が入りたがる。あるいは指がそこから出てこようとする。吐き気とは違う神経で、身体の内外で何かただならないことが起きている。そしてわたしはこの感覚を知っていないはずがない。

こういう切実さだけで、原因不明の逼迫感だけで、何文字だって虚空から取り出してきた。訳がわからないこの混乱の賜物が、こうやってここに吐き残る数万字、数十万字であって。誰の目も気にしていない文章が、中身のない文章が、積み上げ続けてわたしがここにいて。

家の本がうるさい、並ぶ背表紙のタイトルだけで息ができなくなる。どの文字がわたしを殺しに来るか分からなくてぞくぞくする。自分の書いた文字だけが、わたしの持てる武器であり防具だ。

他のひとの言葉の全部が気持ち悪くて鳥肌が立って頭が痛くなるひとだけがやらなくてはいけない戦いが多分あって、わたしはこの部屋にある愛している詩集もかの名著も全部倒してここを統べないといけない。自分の強度をもっと強めないと、書かないと立ち行かないような焦燥感しか見えない。

いま星がちかちか落ちてきてもわたしは動かずにここにいて、しゃらしゃらと身体中に欠片をめり込ませて死ぬだろう。残った指がきっときっとまだ鍵盤を打ち続ける、お刺身に添えられてくる捌きたてのアジが動くようにさ。死後硬直する指がどんな文章を叩くのか気になる。もっと意識から遠く離れてわたしは身体だけになったときに何を書くんだろう。意識がずっと遠い、心臓が痛い、ずっとずっと打っていて、食欲なんて欠片もない。コーヒーを飲んで痛めた胃だけが現実味を伴っていて、かろうじて意識と肉体を結んでいる。こんな程度の意識ならいつだって簡単に手放せて、きっとずっと前にとっくに気絶していて、だからいつまでも気がおかしくて、でもそのおかしさは忘れていて、たまに突きつけられたときにだけ舌がナイフだったことを思い出す。ずたずたにしてあげる、そして太ももに舌を這わせた。