わたしはわたしというにんげんの気持ち悪さを吐くほどわかっていてまた飲んでいる、どうせ隠しきれない、澄ましていられない、吐瀉物まみれのiloveyouばかりが路上に乾いて死体みたいだ。踏んだひとが悲鳴を上げる、でもわたしの愛ってそういうかたちのものだから、どうか一緒に諦めて欲しい。

 

夏至というのはわたしのアンテナに太陽が漸近してばちばちに焦がされる日のことだ。気違う夏の最初の頂点がここにある。

 

結局、わたしがどんな環境でどんなことを考えているとしても関係ない。

わたしには好きなひとをちゃんと抱き締められる腕と、話を聞きたいって思う気持ちと、鼓動を聞かせるための心臓がある。目を逸らさないでいられて、大丈夫だってまったく本心で信じられる。そういう精神を持っているという一点だけで何度でも立ち上がれる、持ち直せる、まだ戦える。それだけでいい、わたしのことで知っておくべきことなんて他には何もないのだから。